こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、二ーバーの祈り を紹介したいと思います。

これは、本当に大切な智恵だと思います。

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神よ、


変えることのできるものについて、


それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。


変えることのできないものについては、


それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。


そして、


変えることのできるものと、変えることのできないものとを、


識別する知恵を与えたまえ。


(大木英夫 訳)

(ラインホルト・二ーバー アメリカの神学者)

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よくずっと同じことで悩んで苦しんでいる方のお話をきいていると、

変えることが出来ないことにこだわって、ずっとそれを変えようとして苦しんでいることが多いです。

変えることが出来ないもの、それは、

過去

他人

その他、いろいろあると思います。災害、自分の生まれつきの要素、親、など、、

変えることが出来ないことを見極める、というのは、本当に大事です。

変えられないことにこだわり続けることほど、無益なことはないですが、

確かに見極めは難しいですね。

ポイントは、境界線をひいて考える、ということかもしれません。

それは、誰の領域のこと? ということです。

多くの人は、相手の領域のことを変えようとして躍起になっています。

でも、そもそもそこは、相手の領域。

あるいは、他人に悩まされている人は、他人に自分の境界内に侵入されて操作されているのかもしれません。

もしそれが嫌なら、きちんと断る必要があります。

そして、変えられるもの、それは自分です。

そして、これからの行動です。

どんな場合も、相手は変えられない、と思っておいた方がよいです。

もし、こうしてほしい、というのものがあるなら、丁寧にお願いすればよいです。

ただ、相手は自分のいうことをきいてくれるのが当然、と思っていると自分がつらくなるだけです。

受け入れられないことを、受け入れる、

これは難しいと思います。

でも、そもそも要求できないことを要求している場合が多いです。

他人の領域のことを、自分の思い通りにしようとして、不満でいっぱいになっているようなら、

ああ、それは、思い通りにしようとすること自体が間違っているのかも、

そう気づくだけでやめられます。

変えられないことを受け入れる、

様々なことで、これが出来れば、

私たちの心は、とても平安になれると思います。

そして、変えることのできないものに、神の領域 ということも

あると思えると、

人はもっと謙虚になれるかもしれません。

こんにちは。
いつもありがとうございます。
節分、立春がすぎましたが、まだまだ、一年で一番寒いと言える季節です。
それでも、今日は春一番?と思うような強い風が吹いています。
これから春に向かっていくと思うと思うとうれしいですね。
さて、ひさしぶりのブログですが、今日は人が人を思うということについて、、
たとえばとても多いご相談に恋愛があります。
こんなに思っているのだから、思いが通じてほしい、という願いをよくききますが、
どんな風に相手を思っているのか、ご自分でチェックしてみる方はあまりいないようです。
たとえば、とても強く相手のことを思ってくる人がいたとします。
普通に考えれば、相手の人は思われているんだからいいじゃない?とも言えそうですが、
実際のところ、たとえ恋愛だとしても、
送られていたのは、恋愛の「悩み」「苦しみ」であったり、自分が満たされないのを満たしてほしい、
あるいは、コントロールしてくるような思いだったり、苦しいのを助けてほしい、という強制であったりすると、
受け取っている方はただ苦しいだけなのです。
こんなに思っているのに、思いが通じないと思っている方は、一度その思いの内容を見直してみるとよいかもしれません。
思っているといいつつ、その内容が、
私を愛して頂戴、という強制だったり、どうして愛してくれないの?! という非難だったり、
相手の都合など考えないつきまといだったり、するケースも多いです。
ひどい場合は、愛と称して相手のエネルギーを抜き取ろうとしている人もいます。
基本的に、誰かのことを思っているときは、自分の現在の感情や意図を相手に送信している、と認識した方がよいです。
相手が、かけがえのない存在であることを尊重すれば、相手から奪ったり盗んだり、相手を操作したり、出来ないはずですが、
実際には、相手を自分を満たす道具として扱い、もらう愛を要求している方がとても多いです。
思っているのに、通じない、という場合、
まず、相手に負担になるような思い方をしていないか? チェックしてみてください。
あなたが一日のうちで、一番よい気分のときに、相手に挨拶をしたり、幸せをそっと願うような思い方をしていれば、
相手もあなたを思いだすときに、なんだかよい気分になるでしょう。
相手の自由意志を認めてあげていれば、たとえ相手があなたに恋愛感情があろうが、なかろうが、
その自由も尊重できるでしょう。
そこで恨むということもないはずです。
思っていて苦しい、思われているのに苦しい、という場合は、それは愛以外の要素が多いのかもしれません。
愛であれば、何も苦しくないからです。
愛で傷つく人の場合、相手から必ず何かをもらえるだろうといった期待をしています。
与えるだけで満足の人は傷つくことはありません。
かなり辛口な内容になってしまいましたが、
人は心地よいものには近づきたいと思い、不快なものからは遠ざかろうとします。
あなたが送っている思いが、送られている思いが、心地よいものであるのか、
愛なのか、そうでないのかを、いちど確認してみてもいいと思います。
また自分のことを尊重することがもちろんとても大事です。
自分を尊重してくれないような思い方をする相手から離れたり、ノーと言うのも、自分への愛です。
誰もが、敬意をもって大切に尊重されるべき存在です。

あけましておめでとうございます。

皆様、昨年中はたくさんのご縁をいただき、誠にありがとうございました。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様にとって、今年が素晴らしい一年でありますように、心よりお祈りいたします。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

すっかり更新が滞っていました。もうすぐ年末ですね。

さて今回は、おすすめ動画2つ紹介します。

どちらもとても長いです。

一つ目は

「自分という大地に根を張る生き方」 野口嘉則 氏

https://www.youtube.com/watch?v=4IfJm7uk32s

これは、セルフコンパッションの続き、、になるかもしれません。

野口氏は、「鏡の法則」で有名な、コーチ、カウンセラーです。

生きていくための、自分という土台の作り方 について参考になるお話がたくさんあります。

ありのままの自分を受け入れる、自己受容、ということにご興味がある方におすすめします。

二つ目は

「すべては導かれているーー逆境を越え、人生を拓く5つの覚悟ーー」田坂広志 氏 

https://www.youtube.com/watch?v=qhSRBpML-3U

こちらは、人生の覚悟のお話です。

順境でなく、逆境のときにどう考えるか、という内容になります。

あまりにも清々しく、もう人生でみる動画はこれだけでいいかな、と思える動画です。

これは、野口氏の動画や、本やブログなどをみて、

自分をありのまま受容できるようになってから見た方がよいのでは、と思います。

究極に厳しいとも言えるからです。

ですが、この考え方が出来れば、もう何も言うことはない、ぶれることはない、

そんな内容です。

占いでは、相手の気持ちをみてほしい、というご希望がとても多いです。

ですが、つきつめれば大切なのは、相手がどうか、周りがどうか、ということではなく、

自分がどのような心の態度で生きていくか、ということです。

ひさびさに、心が洗われるような動画でした。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

この自粛期間、たくさん本を読みましたが、

これは!!!と感じたのは、「セルフ・コンパッション」についての本でした。

 「セルフ・コンパッション」(self-compassion)とは、自分に向ける「思いやり」「優しさ」「慈しみ」のことであり、自身の「強み」(長所)・「弱み」(短所)を認め、どんな状況下でも「あるがままの自分」を肯定的に受け入れられる心理状態のことである。また、それを実現する技法。

要は、こういう態度、考え方ができたら、ずっと生きやすく幸せ、と思える内容です。

以前から、自己否定や自己批判で自分には価値がない、、となってしまい

自分を苦しめている方への対処法がないものかと思っていましたが、

ありました!

しかも、すでに1000以上の研究のエビデンスもあるといいます。

セルフ・コンパッションの高い人の方が、健康状態が良いとのことです。

人生への満足感や幸福感が高まり、うつ・不安・ストレスが低減されるそうです。

人は自分に価値があると思いたい存在です。だからこそ努力して、結果を出して

自尊心を満足させようとします。

ただ、どうしても自尊心を高めることで勝負しようとすると、うまくいっているときはよくても

失敗したとき、負けたとき、自分が平均以下になったとき、また自分の劣等感がある部分に対して

自分を認めることができなくなってしまいます。

そうすると、たいていの場合、自己批判、自己否定をはじめます。

しかも、友人には同じ状況で優しい言葉をかけられる人も、自分に対しては辛らつになりがちです。

しかもかなり視野がせまく感情的になり、偏った状態になりがちです。

自分の弱いところ、ダメなところを受け入れるのは、

向上心がある人ほど難しく感じるのではないでしょうか。

自分に厳しく批判的にしないと、さらに自分がダメになってしまうと恐れて

自己否定する人もいますが、

結果的に批判的な態度は自分を痛めてしまい、自己肯定感が下がり、失敗を恐れて

行動できなくなるなど、より状態が悪くなってしまうことが多いです。

セルフ・コンパッションでは、自分への慈しみをもち、失敗に対しても励まし支えながら、

バランスのとれた見方をしながら、前向きに自分を保つことができます。

セルフ・コンパッションの態度は、ありのままの自分への愛です。

高じて、ありのままの他者への愛にもつながります。

私もまだ始めたばかりですが、この先ずっと日常の中で続けていきたいことのひとつになりました。

慈悲の瞑想

こんにちは。いつもありがとうございます。

コロナの自粛生活も、ようやく少し出口が見えかけてきた今日この頃でしょうか。

普通の生活ができるということは、しみじみ有難いことだったのだと気づかされます。

さて、不安やストレスへの対処法をいろいろ探しているときに、

これは、というものがあったので、紹介しておきます。

慈悲の瞑想、というものです。

なんだか宗教がかっている感じがして、うさんくさいと思う方もいるかもしれませんが、

(実際、仏教系の精神からきているものではあります)

ちゃんとエビデンスがあり、これを行った人は、幸福度があがったり、自尊心が高まったり、

不安やストレスが軽減したという実験結果が出ているそうです。

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『慈悲の瞑想』

私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私は幸せでありますように(3回)

私の親しい生命が幸せでありますように
私の親しい生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい生命の願いごとが叶えられますように
私の親しい生命に悟りの光が現れますように
私の親しい生命が幸せでありますように(3回)

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

私の嫌いな生命が幸せでありますように
私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな生命の願い事が叶えられますように
私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように
私を嫌っている生命が幸せでありますように
私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている生命の願い事が叶えられますように
私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

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姿勢を正し、これを静かな気持ちで唱える、というものです。

また、これを歩きながら言う、というのもよいようです。

歩くときは、足の裏を感じながらゆっくり歩いてみてください。

言葉がいまいちしっくりしないのであれば、

幸せでありますように、自由でありますように、楽しいことがありますように、リラックスして生きられますように、

健やかでありますように、平穏でありますように、安全でありますように、

などと変えてもよいようです。

嫌いな人についてまで、言いたくないという人は、まずは自分と自分の好きな人が、、くらいからでいいと思います。

よろしければお試しください。

やり方や効果などについての参考

https://www.pao-elephant.com/entry/2019/09/19/metta-meditation-practice-guide

https://www.pao-elephant.com/entry/2018/12/11/loving-kindness-meditation

こんにちは。

いつもありがとうございます。

皆様、アダルトチルドレン という言葉をきいたことはありますか?

なんとなく聞いたことがあるけど、よくわからない、という方も多いのではと思います。

「アダルトチルドレンとは、子どもにとって安心かつ安全な場所として機能しない家庭(機能不全家庭または機能不全家族)で育ったために、幼少の頃のさまざまなトラウマ(心の傷)が原因となって、心や人間関係に障害をもつようになり、大人になっても生きづらい、生きづらさを感じている人々のことを指します。」

人によっては、全体の9割の家が機能不全家庭では、とさえ言っている方もいます。

最近、アダルトチルドレンのことを調べていて、すごく腑に落ちる内容をみつけました。

岡田式AC判別法 です。

岡田式AC判別法とは、虐待専門カウンセラーの岡田ユキ先生が自らの壮絶な虐待経験を乗り越える中で開発した日本人向けのアダルトチルドレン判別法です。

岡田式AC判別法では、人間を50%、100%、200%の3つのタイプに分類します。200%の人をアダルトチルドレンとしています。

私は大堀亮造氏のHPでこちらを見つけました。今日の内容はほぼこちらからの引用になります。

http://happyspiral.com/about/

  • 50%・・・甘やかし過ぎ、物事の道理を教えない、わがままさせ放題、叱らないという母性過剰&父性不在の家庭で育った人。普通の人の半分しか達成できていないのに100%できていると勘違いしている人です。傲慢、怠慢、厚顔無知、威張る、権威(資格や肩書)に弱い、自分勝手、自己中心的、利己的、プレゼン上手、何でも人のせいにする、言ったことをすぐ忘れる、無責任、これといった結果を出せていないという特徴があります。
  • 100%・・・両親が機能した家庭で育った普通の人です。
  • 200%(アダルトチルドレン)・・・厳しすぎ、否定し過ぎ、虐待、無視(ネグレクト)などの母性不在&父性不在の家庭で育った人。普通の人の2倍達成できていても50%しかできていないと勘違いしている人です。自己否定、自分が嫌い、自己価値が低い、NOと言えない、プレゼン下手、自分がない、他者中心で周りに気を遣い過ぎる、やり過ぎ、がんばり過ぎ、完璧主義、何でも自分のせいにする、言ったことをずっと覚えている、責任を取り過ぎる、いつも良い人、世話をする人、しっかり結果を出してきているという特徴があります。

いじめというのは、50%の人が200%の人をいじめるという構図だそうです。

そういわれると、すごく納得できます。

50%の人は、人のせいにして200%の人をいじめ、200%の人はいじめられても自分が悪いのかも、、などと思っていそうですね。

注目すべきは、50%と200%の人では、カウンセリングの対処方が逆だということです。

私のひとつ前の記事で、悩みへの対処法のことを書いていますが、相手によっても対処を変えなくてはいけないということですね。

頑張りすぎで自分責めすぎの200%人には、自分責めから脱却させ、自己イメージをあげる方向へ。

人のせいにしてわがままな50%の人には、甘え、言い訳、依存から脱却させて、責任がとれるように指導する方向へ。

これを逆にしてしまうと、頑張りすぎの人をさらに追い詰めてしまい、甘やかしてはいけない人をさらに甘やかしてしまいます。

また、大堀亮造氏は、父性の大切さを説いています。

父性とは

・ルールや規範を示す。ビジョンを示す。宣言する。方向性を決める。決断する。厳しさ威厳。強さ、闘う、鍛える。自立させる。しかる。

などの要素。

そういえば、癒しにかかわる人は、母性的な受容はしても、その先の方向性を導くということをしていないようです。

父性の必要性は、癒しのその先にあるのですね。

父性がはそのほかにも

・組織のリーダーとして責任をとる能力

・指導者として教え導く能力

にもつながります。家庭だけのことではないですね。

父性がないことで、様々な問題が起きてきます。

大堀亮造氏は、父性の重要性を伝えている貴重なカウンセラーです。

ご興味のある方はぜひ一読ください。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

一応、GW、、ですが、みなさまどう過ごしていらっしゃいますか?

コロナ関連の悩みで頭がいっぱいの方もいると思いますが、今日は悩みの整理の仕方を書いてみます。

悩みごとの相談をしてくる方というのは、当たり前ですが、整理がつかないままでこられます。

よくあるのは、感情的になって来られる方ですが、

そもそも、何が問題なのか、というのはつきつめると、

①想像でなく、現実的、実質的な問題で苦しんでいるもの

②解釈や意味付けで苦しんでいるもの

になります。

①はもう現実を変えるしかないですし、②は、解釈や意味付け、考え方を変えるしかないものです。

もちろん、ミックスもあります。

そして③は過去の傷からきている苦しみです。これは過去の傷に向き合うしかないのですが、自分ではあまり気づいていなかったりもします。

よく悩みのループになりやすいと感じるのは、基本②の悩みで、変えるべきは自分の心の中なのに、現実や相手を変えようと必死になっている場合です。

たとえば、自分は不幸で価値がない、、という自分の解釈が不幸を作っているのに、さらに「幸せな人がゆるせない」などと嫌がらせして責任転嫁するなど。本来、幸せな人がいるのは、この人の不幸とは関係ないのですが、ひとのせいにしているわけです。これは、同じことを10年やっても、苦しみがなくなることはありません。下手をすると、相手の人が病気になったり死んでしまったりして、さらに別の問題を作ってしまうこともあります。ここで必要なのは、本当は自分の内面と向き合うことです。

かと思うと、①の、現実的に限界がきている状態で、現実を変えるしかないのに、ずっと自分が悪いと盲目に責め続ける人もいます。たとえば、DVの夫がいて、苦しいのは夫のせいなのに、自分が悪いから暴力を振るわれるんだ、全部自分のせいなどと思いこんでいる方もいます。この場合は、自分は悪くなく相手に問題があることを認めて、現実的な対処が必要です。

③ですが、これは②とリンクしていることもあります。小さいときに親との関係で受けた傷や思いこみがもともとあり、現在の出来事や相手が引き金となって、感情が出ているだけなのに、今のパートナーから苦しめられていると感じている場合です。これは、おおもとの傷と向かい合わないと、基本的に解消しません。この場合は、パートナーを変えようとしたり、状況を変えようとする前に、これは過去の傷に気づかせてくれているのだ、とセラピーなどで自分を癒すのが早いです。

悩みが発生している原因を整理して、あう対処をしないと、いつまでもぐるぐる悩みがループしてしまいます。

そして、感情的になっているときは、まず、悩みの原因がみえていません。自分が悪いか、相手が悪いか、あるいは、よくわからないくらい混乱しています。

あと、絶対的にこれはいつまでも変わらないな、、と思うのは、

自分と向き合おうとせず、他人に責任転嫁する被害者意識の人です。そして依存の人。

これはもう、ずっと苦しみが解決しないと言っていいです。

悩んだときは、もちろんなんだかよくわからない状態だとは思いますが、

本当は何が問題なのか、紙に書きだして整理することをおすすめします。

コロナのことでも、何が現実的にどれくらい困るのか、その対処方は何か、その行動をするのに何が邪魔しているのか、

そのほかに自分の心の中で作り出している苦しみは何か(これは見極めれば減らすことができます)

など分けて紙に書くことで、やみくもに不安になることがかなり減ると思います。

そして、何が苦しみを作っているのかをよく見極めて、何と向かい合わなければならないのかを見抜いて、

その上で占いを使うくらいでちょうどよいと思います。

前回の続きになります。

今回は、感情との向き合い方です。物理的に対策ができない、感情的な状態への対処です。

ネガティブに感情的になっている方が、今は特にたくさんいると思うのですが、

そうなってしまうと、もちろん冷静に行動もできません。

段階を追って、向き合い方を書いてみます。

1 「こわい」とただ感じている状態 (自分と感情が一体化している)
  これ、私たちがよくやっています。恐れに取りつかれてパニックになっているときなど、
  そうです。
  恐れに支配されている状態です。そこに怖いものがあると信じて疑わない状態です。
  いちばん苦しい状態だと思います。
2 あ、わたし、「こわい」って感じているんだ。 そう気づいている状態。
  自分の感情に気づいています。
  自分のことを、少し外からみれている状態。感情と自分の間に、スペースがあります。
  こわいと感じつつも、感情に支配されていない状態です。自分を観察できている状態。
 
3 わたし、「○○がこわい」と思っているんだ。
  そういう考えを持っているんだと気づいている状態。←かなり客観的です。
  そして、大事なのは、自分の「考え」に気づいている状態です。
  事実ではなくて、「私が」そう思っている、ということに気づいている状態。
4 自分がどんな意味づけをしているかまで、わかっている状態。
  「それって、私にとって何を意味している?」
  「何がどうなってしまうと思っている?」などと自分に質問をしていくと出てきます。
5 自分の意味付けを疑える状態。
  「それって、絶対に真実だと言い切れる?」自分にきいてみます。
ちょっとマニアックな感じではありますが、3以降は、かなり冷静になれると思います。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

皆様、いかがお過ごしですか?

コロナがなかなか収束(終息?)しない中、不安や恐れがたくさん出てきているかと思いますが、

実際にコロナにかかるという恐れとは別に、心に不安や恐れが蔓延している方がたくさんいらっしゃると思います。

そこで今日は恐れとの向き合い方を書いてみます。

別の記事でも書いたと思うのですが、人は恐れはみたくないし感じたくないので、さけて通ろうとします。

でも、その方が実は「こわい」のです。

だいたい、想像で恐れを膨らましてよくわからない状態、、、その方がこわくないですか?

正体を見極めてしまう方が、大抵は落ち着きます。

ですから、ここは、恐れをよくよく見極めましょう。

自分は何をそんなに恐れているのか?

自分がどうなってしまうことがまずいのか?

そうすると、ある程度特定されてきます。

問題は、感情的なものなのか、それとも物理的なものなのか。

特定されてくれば、物理的なものなら、対策を考えることもできます。

対策を具体的に考えたり、行動できる自分であれば、恐れは減っていきます。

なにかよくわからないけど、こわい! というのが一番こわいのです。

悪い妄想で自分を追い詰めてもよいことはありません。

自分にとって、何がどれくらい困るのか、ということを見極めれば、

それは手に負えない恐れではなくて、対策を立てられる案件になります。

また、

自分が恐れているものを、逃げずに逆にしっかり味わってしまうのも、いいです。

対策を立てられない恐れもあります。たとえば、死の恐れ。

これは、普段は避けているものですが、人はいつかは死ぬものです。

ここに覚悟をもてるようになれば、普段の生活も変わってきます。

逆にしっかり生きるようにも、なるのではないでしょうか。

ちょっとこわいことを言いましたが、よい機会とも思います。