こんにちは。

いつもありがとうございます。

あと少しで今年も終わりですね。時間の早さに驚くこのごろです。

大掃除に断捨離をしている方も多いかと思います。

何かを捨てることは、自分には何が必要なのかを見極めることでもあります。

モノもそうですが、こんな記事を見つけました。

 ※世界が不思議に思う「離婚しないニッポンの夫婦」

https://otekomachi.yomiuri.co.jp/news/20181122-OKT8T114617/

これを読んで、あ〜なるほどなあ...と感じました。

日本にはまだまだ、我慢、継続する、一生同じ会社で勤め上げる、家を守る...

ことを美徳とする風潮があり、

結婚についても、離婚自体をよしとしない考えの方が多くいます。

実際には破綻していても、形だけでも添い遂げることを目的とするご夫婦も多くいらっしゃるように

思います。

離婚しないということは、ひとつの会社を勤め上げることに通じる、自分の満足感があるのかもしれません。

もちろん、個人主義のヨーロッパと、家重視で和合をよしとする日本では、前提とする価値観が違います。

どんな価値観で生きるのかは自由ですが、本当に自由に生きたいと願っている方にとっては

参考になる記事だと思いました。

なかなか鋭い言葉があります。

(ドイツでは)「結婚生活を維持する気が100%あるにもかかわらず、夫の悪口を頻繁に言う女性というのはあまり見かけない」(ドイツ、ヨーロッパでは、配偶者のことが嫌になったら、離婚を選ぶから)

「離婚を恐れないということは、愛のない夫婦はいないということ」「離婚しない夫婦は不倫の温床」

「本能のまま生きるには経済的自立が必要」

ーーーーーーーーーー

どんな価値観をもち、何を大切にするかによって、どんな結婚生活を続けるのかが決まってきます。

どちらが正しいということも出来ません。

ただ、自分が離婚したいのに、それを「選べない」でいる方も多いのではないかと思います。

「経済的自立」そして、「精神的自立」が出来ないと、たとえ不本意な結婚だとしても

どうしても依存することを選ぶ方もいるでしょう。

自由にはリスクと責任が伴います。踏み出すには勇気もいるでしょう。

でもそこには、誰にも偽らないですむ、心の清々しさがあります。

すべては、何を大切にするか「選ぶ」ことから始まるということです。

何かを選ぶということは、何かを選ばないということでもあります。

自分の本当の望み をよく見極めて、必要なものまで捨て去ることがありませんように...

さて、私も今年の断捨離、とりかかります。

皆様こんにちは。

いつもありがとうございます。

何年か前に、「被害者意識から抜ける」というテーマで書きました。

https://www.uranaiblog.net/user/0707/0707/2014/03/post-67.html

https://www.uranaiblog.net/user/0707/0707/2014/10/post-147.html

この中でも、書いているのですが、私自身も被害者意識を何年も持っていました。

今思いだすと、恥ずかしいくらい

私が不幸なのは○○のせい、と本気で思っていたのです。

しかも、当時はとても傷付きやすい状態でした。

ですから、その状態で自分が悪いだなんてまったく疑わなかったのですが、

実は被害者意識って、赤ちゃんと同じような状態なのですね。

あなたが悪いんだから、なんとかしてよ!

(私は可哀想で無力な存在なのよ! なんとかしてくれて当然でしょ!)

とある意味、受け身のまま、弱者の特権をふりかざしているとも言えるのです。

〜してくれない、不満。

〜された、不満。

考えるのは環境や相手の悪いところばかり。自分が傷付いた気持ち。

そこに浸りきって、自分で状況を変えたり、前向きに動くことがほぼない状態です。

過去に起こったことや、相手の非、を非難し続けます。

要は、変えられないことばかりみているのです。

変えられるのは、未来のこと、自分が出来ることです。

変えられないことに固執して、自分が傷付くことを持続し続ける被害者意識でいることは、

とても非生産的な状態です。

ただし、『メリット』があるのです。

被害者意識でいる間は、相手が悪いということばかり考え続けていられる。

つまり

「自分はどう生きるのか」「自分は改めることはないのか考える」という責任に向かい合わなくてすむのです。

他にも、向かい合いたくないものから逃げていられるかもしれません。

被害者意識でいる特権により、実はいつしか加害者になっている可能性もあります。

被害者意識でいることで、それに対しても、正当性を持つことができるのです。

それに、被害者意識でいるときは、自分がとても無力なような気がしています。

自分でどうも出来ないと感じているのですから、なんとかしてくれる「誰か」に依存せざるを得ません。

ですから、依存するためにも、唯一自分がパワーを持てる特権、弱者の特権を手放したくないのかもしれません。

ですが、本当に人が一番パワーを持つのは

「自分の人生に全責任をもって生きる」という意識でいるときです。

被害者意識は、自分の人生の責任を、他人にまる投げしているともいえるでしょう。

その他人が、自分の望みを満たしてくれることを、子供のようにいつまでも期待し求め続けますが、

果たしてその願いは叶うかは...甚だ疑問です。

人が幸せに生きていくには、本当の意味での『自立』が必要です。

一見、経済的に自立していても、精神的には被害者意識の人もいます。

自分の幸せ、不幸の責任を自分でとるという意識、もし何か不満であるのならば

相手に求めるのではなく、自分で出来る努力をして変えていくということ。

もちろん、自分が傷付いた気持ちも本当のことでしょう。

相手が本当に悪いことをしたのも、事実なのかもしれません。

それでも、その状態で、自分がどうするのか、ということが本当の課題です。

被害者意識から、自分の人生に責任を持つ、自立の意識へ。

その変化を起こすかどうかは、本人次第ですが...

自分の人生を自分で作る、その生き方へのシフトは、幸せになるための必須のシフトだと

私は思っています。

なかなか被害者意識でいることがやめられない場合、

この状態でいることで、どんなメリットがあるんだろう? 

何か見ないように、感じないようにしていることはない?

何から自分を守っているの?

......

など、そっと自分に問いかけてみるといいかもしれません。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

昨日あたりから、一気に秋の気配となりました。気候のせいで、少しもの悲しくなる方もいらっしゃるでしょうか。

少し前のテレビで、みやぞんがマラソンをしながら、「自分の機嫌は自分でとる」といった意味のことを

話していたのを思い出しました。有名な方が言うと影響力がありますね。

私も同感です。

自分の機嫌の責任を自分でとろうとしないと、いろいろと問題が発生します。

まわりに不機嫌をふりまいたり...

自分の機嫌を相手のせいにして、相手を責めたり...

あるいは、相手に自分の機嫌をとってもらおうと、コントロールし始めたりします。

ただし、自分の機嫌をとるために、ネガティブな思いを抑圧するのは、また違う問題があります。

感情は抑圧すると、体に残ってしまって不調を引き起こします。次第に溜まっていき、いつかは爆発します。

ですので、我慢したり、見ないふりをすれればいいということではありません。

また、感情が生じるにはそれだけの理由があります。

「それは何かおかしいよ」ということを自分に気付かせるため、感情が発生することもあります。

その原因に目をつぶるのは、根本の原因を見ないふりをするのと同じことです。そういう場合は

きちんと向き合って対処する必要があります。

とはいえ、いつまでも不機嫌、ネガティブな感情でいるかどうかは、自分の責任です。

そんなとき、どうしますか?

プラス思考はもちろんいいのですが、すでに起きている不機嫌、マイナス感情によい対処法があります。

以前からセルフメンテナンスとして、お伝えしている方法で、EFT という方法があります。

正式には、Emotional Freedom Technique(エモーショナル・フリーダム・テクニック)といいます。

EFTの詳細は下記の代表サイトをご覧ください。

http://jmet.org/eft%E3%81%A8%E3%81%AF/

これは、とても使えるツールとしておすすめできます。

参考動画はこちらです。

https://www.youtube.com/watch?v=P4N6PxTK0e8

えっこんな方法で...? と思われるかもしれませんが、本当に楽に解放されます。

あまり厳密に行なわなくても効果があります。

ぜひお試しください。

日々、自分の体調管理をするように、自分の感情の声にも耳を傾けてあげてくださいね。

秋を楽しめますように。

この度の、台風21号、そして北海道の地震により、被害にあわれた皆様へ

謹んでお見舞い申し上げます。

一日も早い復旧をお祈りしております。

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今年は、自然の力の大きさに圧倒されるような、そんな天候が続いています。

人間に、自然への敬意を思い出せとでも言わんばかりに...。

でもいつの間にか、人間は地球という星の、ほんの表面に住まわせてもらっている

地球の恵みを分け与えてもらっている存在だということを、忘れてしまいそうになります。

何もかも人の思い通りになるわけではない、ということも...。

もし自分にも何か起こったとしても、

自然への敬意を持ちつつ、起こったことを受け入れ、最善の行動をしていけるようでありたいと

思いました。

そして、やっぱり人はもっと地球や自然を大切にしなくては...。

そんなことを考えさせられた、今日このごろでした。


豪雨に遭われた皆様へ



この度の西日本を中心とした豪雨により
お亡くなりになられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。

また、被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申しあげます。

行方不明者の一刻も早い発見と救出、一日も早いライフラインの復旧、
そして皆様が落ち着いた生活を一日も早く取り戻せますよう、お祈り申し上げます。


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豪雨の後は、毎日危険を感じるほどの猛暑、皆様いかがお過ごしでしょうか。

気候のバランスが崩れたり、ライフラインが寸断されたりするたびに改めて気付かされるのは、

日本は本来、本当に絶妙な気候のバランスに恵まれており、その恵みにより心地よく

豊かに過ごしやすい環境があり、

また沢山の方の日々の誠実な努力により、私たちの暮らしが平穏にスムーズに送れていたのだ、

という事実です。

たいていは失ってから、その恵みに気付くことが多いのですが、

何事もない「無事」なときから、見えない恩恵に気付いていることが大事なのでは、

と感じます。

大切な家族や友人が普通に存在していること、平和に生活できていることこそ、繊細な自然のバランスや

見えない配慮による奇跡の連続なのではと思います。

すでに「在るもの」「与えられているもの」に感謝し、大切にしていきたいと思います。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、少し自戒も含めて書いておこうと思います。

今年のGWは、セルフワークばかりしていた私ですが、それは、、、

幸いにも、久々に感情をゆさぶるような問題が生じてくれたからです(笑

ひさしぶりに、泣いたり、この世が急に暗くみえたり、冷静さを失うほど怒ったり、

感情的になって友達をなくしかけたり、していました。

その間、とても苦しかったのですが、自分の感情に向き合ってワークしていくと

状況は変わっていないにもかかわらず、自分の感情はどんどん楽になっていき

しかも、掘り当てたのが、コア•ビリーフばかりだったので、経過はとても苦しかったのですが、

根底から変化させることができました。

コア•ビリーフは、パソコンで言えば、OSにあたります。常に意識下で作動しているのですが

自分では何がプロブラムされているのか、気付きにくいのです。

コア•ビリーフについてはこちらを参考になさってください。

またこの中の、ティール•スワンの動画も秀逸です。

https://matome.naver.jp/odai/2147364945069028201

私たちは、傷付いたり、怒ったり、感情的になったとき、相手が○○だから私が傷付くのだ、とか

相手が○○だから自分は怒っている、だから相手を変えれば問題はなくなる、と思いがちです。

でも、実際には、自分の中のいろいろなビリーフ、自分のルールに目の前の人が反したとき、

自分が感情的に反応しているのです。変えるべきは、相手でなく、本来吟味すべきなのは、自分のビリーフです。

また、誰かが許せなくなっているとき、それは実は、自分の中のおなじような部分を許せていない、

ということなのです。でも、それは、普段気付くことができません。無意識下に埋もれている部分です。

ですから、ネガティブな感情を起こさせてくれた人は、本当はとても有り難い人なのです。

ここに何かあるよ、と教えてくれているのですから...

でも、もちろん、苦しい最中にはそんなふうには思えません。

嫌ったり、許せなかったり、怒り心頭だったり、、

相手が悪い、相手のせいで苦しい、、と当然のように思っています。

その感情を扱うには、この反応を起こしているのは自分であり、自分がこの状態に責任を負う

という姿勢になってはじめて、できるようになります。

でも、あまりに怒っていたりすると、これがなかなかできません。

誰かに話したく(当たりたく)なってしまったり、、

私も今回やらかしてしまいました。

それでも、それも(相手の方には申し訳ないですが)いい経験になりました。

この失敗も今後に活かしていけると思います。

ビリーフ、コアビリーフは、いつも水面下で私たちの人生を支配しています。

でも、これは自覚することで、新しく書き換えることもでき、書き換えた時は、

自分が感じる感情も変わり、世界も違って見えます。

今回、苦しみを与えてくれた相手の方に、本当に感謝することができたのでした。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

皆様、今年のGWはいかがでしたか?

私は新緑を楽しむ&セルフワーク三昧の日々でした。いくつになっても

自分について発見することって いくらでもあります。

世界が変わります。

そんな、とーってもおすすめの本を見つけました。

「自分を愛せなくなってしまった人へーー自らに光をともす29の方法」

ティール•スワン 著  ナチュラルスピリット刊

まさに、自分を愛するための方法、ワークが29も掲載されています。

本当に価値のある本だと思います。

よく、自分を愛する、大切にするのが大事と言われるけれど、具体的にどうしていいのか

わからない、と言われる方がいます。

そもそも、その方が自分を愛さないと決めている場合、人生はそのように

(自分に不利なように)展開していくのですが、

たいていは、自分で作ったその枷を自分で外すことが出来ないのが普通です。

自分を愛せない状況から、努力して自分を愛する方法を見つけていった著者だからこそ

自分に必要な変化を起こすための核心をついたワークを、筋道立てて書けるのだと思います。

自分の人生はうまくいっている、と思っている人でさえ、この本によって得られる洞察が

たくさんあると思います。

自分で取り組める、有意義なワーク満載です。

鑑定に使うお金より価値があるかもしれませんよ?

ぜひ、一読をおすすめします。

 

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日から四月、本当に春だなあ、、としみじみ感じます。

私が住んでいる高原の春は遅いのですが、今年はいつもより早く、桜の蕾がふくらんできています。

ここかしこで「いのち」が息づいていることが濃く感じられる季節です。

さて、今日は、親子関係について、です。

親との関係は、自分が生きていくうえでの基礎になるにもかかわらず、成人しても尚、

親を親と思いたくない、そんなわだかまりを感じている方が多くいらっしゃいます。

たいていの親は、人として未熟で不完全なまま、子供の親になります。そのため、子育ての過程

において様々な間違いや過ちをおかしてしまうこともあるでしょう。

また、たまたまタイミングが悪くて、子供に「自分は愛されていない」というような印象を

与えてしまうことも多くあります。

自分の親を親として認められない、どこかで拒否してしまう、尊敬できない、そんな方は

大勢います。

でもこれは、とてもつらいことでもあります。

親は、自分のルーツです。

親を否定することは、自分を否定することでもあります。

でも、あんなことをした親を絶対認めないと思っているあなた、、

それでも、あなたは今、生きています。

バート•へリンガーさんからのメッセージです。

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『ファミリー•コンステレーション』バート•へリンガー著 p378〜379より

「日本の皆さんに、そしてあなたにも役立つ、一つのイメージをあげましょう。

エクササイズとして、一人でもできるものです。

自分の後ろに、父親と母親が立っていると想像なさい。あなたの右肩の後ろに父親が、

左肩の後ろに母親が立っています。あなたの父親の後ろにも、彼の父親と母親が立っています。

あなたの母親の後ろにも、彼女の父親と母親が立っています。その父親の後ろにも、彼の両親が、

その母親の後ろにも彼女の両親が立っています。

そのように、あなたの背後には、何千、何万もの人々が立っていて、皆その後ろに父親と母親がいます。

あなたの背後には、遥か彼方まで、あなたの家族が連なっていて、それはまるで大海原のようです。

その一番後ろから、金色の光がゆっくりと、除々に前にやってきます。

その美しい金色の光は、どんどん前にやって来て、今あなたの父親と母親の差し出す手の上に

乗っています。

あなたはゆっくりと、後ろを振り向き、両手を前に差し出します。

手のひらを上に向けて。あなたはそっと深くお辞儀をして、手のひらの上に、

その金色の光の玉を受け取るのです。それが生命のエネルギーというものです。

そして、家族の歴史にどんな悲しみがあっても、どんな苦しみがあっても、

どの親がどんなことをしていたとしても、その生命のエネルギー自体は、純粋で美しいのです。

その金色の光は純粋です。」

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「ファミリー•コンステレーション」 については、また後日書きたいと思います。

いつもありがとうございます。

今日は、私が見てよかった〜 という動画を紹介したいと思います。

TEDより

「依存症」ー 間違いだらけの常識 ジョン•ハリ

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja

何か問題がおこったとき、

私たちは通常、問題の方ばかり見てしまいがちです。

はては、問題を起こした人を非難したり、切り離す、罰したり、コントロールする...

そういう対応をすることが多いと思います。

ですが、それを起こさざるを得なかった、大元の感情の方に本当は原因があることに

目を向けさせてくれる、貴重な動画だと思いました。

そもそも、さあ、今日は幸せな気分だから、○○(問題とみなされること)をしてみようかな!

と思う人などいないでしょう。

つい、やってしまう。それをすることで、不安や欠乏感などをまぎらわせている。

理性でわかっているのに、やめられない。

そうせざるを得ない状態があるのだということ。

そんなときは、何か○○してしまう前の

「そもそもが、幸せでない状態」 である、そちらの方を考え直さなくてはいけない、ということです。

ちょっと話が飛びますが、

オキシトシン というホルモンがあります。よく愛情ホルモン、と呼ばれています。

出産のときや授乳時に大量にでます。前の記事でバーストラウマに触れましたが、出産後母子を

すぐ離してしまったりすると、これがうまく分泌されなくなってしまうということです。

生まれてすぐ、母子が幸せな時間を過ごせたかどうか、すごく大事なことではないでしょうか。

これが出ると、とても多幸感で満たされます。そして、ストレスも消されます。

これは異性とスキンシップしたり、家族団らんしたり、友人と話したり、

またペットと触れ合うことでも分泌されます。「絆のホルモン」とも呼ばれています。

オキシトシンがちゃんと分泌されている限り、お母さんが育児放棄することはあり得ないと

私は思っています。

ある援助交際をしていた女子高生が、いけないとは思っていたけれど、そのときはとても

必要とされている感じがしていてよかった...と言っていたそうです。

もし、この女子高生が、その方法以外で満たされていたら...?

人と人との本来の自然なつながりを、取り戻すべき時代なのかなと思います。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

先日、バーストラウマを扱うセラピーのセミナーに行ってきました。

バーストラウマ というのは、出産前後(生まれる前、生まれる時、生まれた後)に受けた

心の傷をさします。

当たり前ですが、妊娠中、また生まれたての赤ちゃんはとても繊細です。

今、普通に病院で出産すると、どうしてもシステム的にバーストラウマが出来るような

出産になってしまいます。

それはもちろん、お医者さんやお母さんに悪気があるわけではないのですが、

どうしても赤ちゃん重視というよりは

医療的な都合を優先してしまうシステムになってしまっています。

バーストラウマが、人生の基本的な部分にかなり影響するというのは、

あまり認知されていないことだと思います。

たとえ私たちに出生の記憶がなくても、潜在意識の中にその記憶はひそんでいます。

そして、その人の人生や人格、性格に影響します。

突然の不安、恐怖感、孤独感、無気力、人間関係、依存症、過食拒食、ひきこもり、

などにも関与すると研究されているそうです。

私自身の記憶や、私が今回接した方の記憶でも、赤ちゃんはずいぶんお腹の中で、

お母さんの気持ち、お父さんの気持ちをわかっており、いろんなことを感じていました。

赤ちゃんがお腹の中にいるとき気にかけてもらえなかったり、お母さんが産むのを

ためらったりすると、私は存在していていいのかな、と思うこともあるようです。

その人のとても基本的な部分に、この感覚は関係してきます。

その感覚を一生ベースに持っているとしたら...? 

妊婦さんが不安なくすごすこと、まわりの人が妊婦さんを大切にすることは、

本当にお腹の赤ちゃんのためによいことなのだと、実感できました。

出産方法は病院だとしても、妊娠中どんな気持ちで過ごすのか、赤ちゃんを気にかけて

あげるかどうかは、お母さんが出来ることです。

お母さんや周りの人が赤ちゃんの存在を歓迎していること、大切に思っていること、

お母さんが健やかな気持ちで過ごしていくこと...

赤ちゃんにいっぱい話しかけて、大切に思っていることを伝えてあげてほしいです。

お母さんが長期的に抱えた感情は、胎児の脳の発達に影響することもあるとか。

妊娠中こそ、赤ちゃんが愛情を全細胞に最大限受け取ることができます。

生まれて何十年たって、問題がでてからセラピーを受けるよりも、

妊娠中に問題を予防することはいくらでもできると思います。

妊婦さんと赤ちゃんの幸せは、社会全体の幸せのベースなのでは...

と思ったりもしております。