感謝ワーク♡

こんにちは。

いつもありがとうございます。

おこがましくも、ブログの名前が『幸せな人生のために』になっているのですが、

最近、少々、問題にばかり焦点があたっていたようです。

今日から、知人に触発されて、『ザ・マジック』を購入し、

感謝ワーク(28日間)を今日からはじめました。

今日したことは、感謝できることを10個と、それぞれの感謝できる理由を書き出しただけです。

はじめて数時間、、

わーーーー♡♡♡

もう、すでに幸福感でいっぱいです。

何も状況は変わっていないのに、です。

Amazonで購入した、1760円の本一冊でです。

感謝を習慣にするということは、幸せを習慣にするということ。

、、、逆に、感謝をしないということは、「奪う」ことに等しく、日々物事を当然の権利のように受け取ってしまっていることです。何かを当然の権利のように思うと、無意識のうちに自分からも何かが奪われていることになります。、、(『ザ・マジック』33ページより)

確かに、あっても当たり前になっていて、感謝しないということは、受け取れていないこと、

価値や存在を認識していないこと、、は何もないのと同じですね。

感謝は幸せをカウントすることです♡

様々なこと、、本当にありがとうございます。

BPDについて

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今回は、境界性パーソナリティー障害(BPD)についてです。

日本では、ボーダーラインと呼ばれることもあるようです。

境界性パーソナリティ障害は、人間関係、自己像、気分、行動の不安定性、そして拒絶されたり、

見捨てられたりする可能性に対する過敏性を特徴とします。

BPDは見捨てられ不安(自分は見捨てられるという思いこみ)が強すぎて、

少しでも見捨てられると感じたり、思い通りにならないと、激しく傷つき、

感情、特に強烈な怒りのコントロールができなくなり、良い悪いを極端に判定して、

衝動的に攻撃をしてしまい、周りの人がBPDの人の強い感情に巻き込まれ、

振り回されたりすることがあります。

見捨てられたくない相手に、試し行動をしたり、暴言、暴力、罵倒、脅迫、また周りにも対人操作をすることがあります。

結果、見捨てられたくない相手が疲弊して離れていき、かえって見捨てられることになりやすいという

悪循環がありますが

本人は理解できていません。(試し行動は人間関係を破壊します)

この境界という意味は、神経症と統合失調症の2つの病気の境目にあることを意味します。

BPDは、難しい障害と言われていますが、きちんと治療すれば治ると言われています。

ただし、それは、病気だという認識が出来て、治りたいと思った上でのことです。

この病気が治るかどうかは、

自分の言動に疑問を持てるかどうか、

周りの人がなぜ離れていってしまうのかを考えられるか、

自分にとって大切な人を傷つけていることに気づけるかどうか、にかかっています。

よくなるためには、冷静に自分と向き合うことが必要な障害です。

本人やまわりの人に病識がないと、まわりや自分をずっと傷つけることになるため、

幸せな恋愛、結婚を望んでいる場合は特に、事前に治療をしておいたほうがよさそうです。

弁証的行動療法も有効といわれています。

BPDの人の症状例

https://bpd.nerim.info/condition/

みなさま こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、立春ですね。

旧暦では今日からが新年です。

一月はすでにいろいろありましたが、心を切り替えていきましょう。

さて

今日は白黒思考について。

白黒思考は、0か100思考とか、二極思考、完璧主義、などとほぼ同じ意味になります。

なんとなく、

あー知ってます。白か黒でグレーがないんでしょ? いいか悪いかに分かれるということでしょ?

と理解している方も多いと思います。

これの何がそんなに問題なの?と思われるかもしれません。

でも、この思考が根底にあると、何かを判定するときに、よい悪いが50%ずつに分かれる、、のではないのです。

認識としては、よいがほぼ皆無で、悪いが99.9%になってしまいます。絶望をもたらす思考ぐせなのです。

たとえば、、

「人は正しくなければいけない、あるいは、正しくあってほしい」という思いがある人がいたとします。

そして白黒思考があったとします。

そうすると、

「ほんのちょっとでも」正しくない点があると、すべてが【悪い】に分類されます。

すべてが完璧に正しい人はまずいないので、この人からすると、世の中は【悪い人ばかり】に見えてしまいます。

そして、【悪い】人を許せません。

正しさに思い入れがあればあるほど、この人は簡単に絶望してしまうでしょう。

白黒思考がなければ、「どちらかというと正しくあってほしいけれど、現実にはこんなものか、まあ仕方ない」

などと、あいまいさ、グレーも認めることができます。

別の例ですが、

もし他人にある期待があったとします。

「私の理想通りの人でいてほしい」←そもそも無理ですが、

ちょっとでも期待通りでないと、この人にとっては、相手は最高から、最悪に変わってしまいます。

白黒思考がなければ、

「ちょっと期待と違ったけれど、、まあいいや。他にはたくさんいいところがあるし」

と思えるのですが、

白黒思考が根底にあると、いきなり最低、ひどい人、になってしまいます。

それで相手が許せなくなり、責めたりしますが、

これは、白黒思考がなせる認知の錯覚 でしかないのです。

完璧主義というのは、

たとえば、精密機械の検品をしていて、少しでも不正確だと支障がある、

という場合には必要な基準かもしれませんが、

人間関係や社会生活などにおいては、問題をひきおこします。

この間まで好きだったのに、急に嫌いになった などというとき

自分が白黒思考に支配されていないか、チェックしてみてもいいかもしれません。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

以前に、慈悲の瞑想も書いているのですが、タイミングもあると思うので

再び載せておきます。

もともとは、仏教の精神からきている、瞑想の言葉ですが、

宗教に関係なく、どんな人であっても、

心がざわざわしているときに、この言葉を唱えるだけでも落ち着いていくことがあります。

(うつやパニック障害の人のための本にも、この瞑想が載っているのを見たことがあります)

自分やまわりへの優しい気持ちを呼び起こします。

ゆっくり、ゆっくり

口に出しても、心の中で唱えるのでも、かまいません。

尚、幸せを祈る範囲ですが、

最初は「私」「私の親しい命」だけでもいいと思います。

今はまだ、自分が嫌っている、嫌われている命の幸せなど祈れないということも、十分ありえます。

それはそれでOKです。

ただ、口に出して言うことで心に変化が生じることも、ありますが、

無理はされなくて大丈夫です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  【 慈悲の瞑想 】

  • 私は幸せでありますように
  • 私の悩み苦しみがなくなりますように
  • 私の願いごとが叶えられますように
  • 私に悟りの光が現れますように
  • 私は幸せでありますように(3回)

※こころの中で「私は幸せでありますように」と繰り返し念じる。

  • 私の親しい生命が幸せでありますように
  • 私の親しい生命の悩み苦しみがなくなりますように
  • 私の親しい生命の願いごとが叶えられますように
  • 私の親しい生命に悟りの光が現れますように
  • 私の親しい生命が幸せでありますように(3回)

※こころの中で「私の親しい生命が幸せでありますように」と繰り返し念じる。

  • 生きとし生けるものが幸せでありますように
  • 生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
  • 生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
  • 生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
  • 生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

※こころの中で「生きとし生けるものが幸せでありますように」と繰り返し念じる。

  • 私の嫌いな生命が幸せでありますように
  • 私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように
  • 私の嫌いな生命の願い事が叶えられますように
  • 私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように
  • 私を嫌っている生命が幸せでありますように
  • 私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
  • 私を嫌っている生命の願い事が叶えられますように
  • 私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
  • 生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最近では、慈悲の瞑想やマインドフルネスの考え方もずいぶんひろまってきて

検索すればいろいろ出てきますね。

ひとつ参考までに貼っておきます。

https://www.the-melon.com/blog/blog/mercy-meditation-8764

このブログを読んでいる

「あなたが幸せでありますように」

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今回から、幸せのために~ という前置きを外すことにしました。

私たちは、なんとなく、人生の流れとして不幸→幸せ になると思っていますが、

そもそも私たちは、いろんな経験をするために生まれてきているので

一見ネガティブに感じることが起きているとしても、何も悪いことはないのです(魂的にいえば)

こういうことをしていると、こういうことが起こるなど、絶賛経験中ということです。

ただこの世のしくみとして、

出したエネルギーはかえってきます。

人の思いのエネルギーは私たちが思っているよりもとても大きいものです。

人の幸せを願えば、それはかえってきます。

人の不幸を願えば、それもかえってきます。

この世に与えたものが、あなたにかえってきます。

それはちょっと気をつけておくとよいかもです。

今年は残念ながら、元旦から大きな地震が能登半島で起きてしまいました。

今回の地震により、お亡くなりになりました方のご冥福を心からお祈りしますとともに、

ご遺族や被災された皆様に慎んでお見舞い申し上げます。

救助を必要としている方々が助かり、被害が最小限となることをお祈りしております。

一日もはやく、多くの方が安全安心を取り戻すことができますように。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、詩をひとつ紹介します。

すぐ読めてしまいますが、なかなか深いです。。

私たちは、この世を経験するために何回も何回も、生まれ変わって

いろいろ気づいていきます。

カルマとも関係あるかもしれません。

心の癖ともいえるかもしれません。

今生きていることは、本当に貴重なチャンスです!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第1章
私は通りを歩く。
歩道に深い穴がある。
私は落っこちる。
私はどうしたらいいのかわからない、・・・どうしようもない。
これは私の間違いじゃない。
出方がわかるまで、ものすごく時間がかかる。


第2章
私は同じ通りを歩く。
歩道に深い穴がある。
私はそれを見ないふりをして、
またまた落っこちる。
また同じ場所にいるのが信じられない。
でも、これは私の間違いじゃない。
やはり出るのにずいぶん時間がかかる。


第3章
私は同じ通りを歩く。
歩道に深い穴がある。
それがあるのが見える、
それでも私は落っこちる・・・これは習癖だ。
私の目は開いている。
自分がどこにいるのか分かる。
これは私のしたことだ。
すぐにそこから出る。


第4章
私は同じ通りを歩く。
歩道に深い穴がある。
私はそれを避けて通る。


第5章
私は別の通りを歩く。
 

ポーシャ・ネルソン(1920-2001)
『5つの短い章からなる自叙伝』

 こんにちは。

 いつもありがとうございます。

 以前、人生脚本を作るものとして、自分を制限する思い込みについて書きました。

 それとはまた別に、心理学では認知(行動)療法というものがあります。

 認知療法とは、アーロン・T・ベックによって始められた治療法で、

 患者の偏った物事の捉え方(認知)を修正させ、

 より柔軟的で現実的な考え方や行動が できるように手助けする療法です。

 「認知のゆがみ チェックリスト」などで検索すると出てきます。

 無料で自分の傾向が分かるでしょう。

 認知が極端であるだけで、苦しくなってしまうことがあります。

 これを修正するだけで、生きやすくなるかもしれません。

 お試しください。

※日本では、よくゆがみとありますが、悪いことではありません。誰にでもあることです。

ただ、極端になると生きづらさの原因になります。

マイナス思考パターンの例

認知の歪み 概要
全か無か思考 ものごとや状況を白か黒かのどちらかで捉える。All or Nothingの考え方。
一般化のしすぎ 1つでもよくないことがあると「世の中すべてこうだ」と捉える。
心のフィルター 1つのよくないことにこだわり、繰り返しそのことばかり考える。そのため、1つでもよくないことが起こると全てがダメだと感じられてしまう。
マイナス化思考 マイナスな側面ばかりに注目して、よいことを無視する。
結論の飛躍 根拠なく悲観的な結論を出す。

  • 心の読みすぎ:相手から悪い反応をされたと早合点してしまう。
  • 先読みの誤り:状況やものごとが悪い結果になる、と決めつける。
拡大(破滅化)解釈・過小評価 自分の失敗を過度に大きく捉え、自分の成功を過小評価する。逆に他人の成功を過大に評価し、他人の欠点を見ない。双眼鏡のトリックともいう。
感情的決めつけ 自分のネガティブな感情が現実を反映している、と考える。
すべき思考 「〜すべき」「〜すべきでない」と考える。そうしないと罪の意識をもちやすい。他人にこれを向けると、怒りや葛藤をいだきやすくなる。
レッテル貼り 「一般化のしすぎ」の極端なもの。レッテルは感情的で偏見に満ちている。
個人化 よくないことが起こったとき、自分に責任がない場面でも自分のせいにしてしまい自責的になる。

 「そう思っていること」「そう感じていること」はすべて個人の解釈によるものです。

事実とは違うことに注意が必要です。

そこに極端なマイナスな偏りがあることで、自分で苦しみを作ることになってしまいます。

根気よく自分をみつめて改善していくことができます。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

人が苦しい理由は、依存しているから、ということをひとつ前で書きました。

なぜなら、自分で何もせずに、他人にどうにかしてもらおうと思っている限り、

いつも期待を裏切られます。

他人は自分の思い通りに動いてくれるはずありません。

何もいわなくても察してくれるわけはありません。

それを、コントールしようとして、強制したり、暴力に訴えると

必ず嫌われて、他人は離れていくでしょう。

当たり前の結果です。

そもそも、他人は自分のために存在しているのではないのです。。

そして他人に依存している人は、被害者意識でもあります。

被害者意識の強い人というのは、

人に被害を受けたと感じている人(被害を受けたという解釈)

そして人になんとかしてもらおうとしているひと(依存)

悪いことはなんでも人のせいにしている人ということです。(他責思考)

他人をわるものにせず、

自分の出来ることは自分で行い、

自分の責任で選択行動し、

他人をあたり前に当てにしないほど、人は幸せになります。

当てにしないからこそ、感謝できます。

(本当は自分でなんとかすべきなのに、助けてくれてありがとう)と

なんでもしてもらって当然

(ちょっとあなた、私をなんとかするの当然でしょ!なんで助けないのよ!怒)

どちらが愛されるでしょう。

人が何かしてくれることを期待する心は、満足することを知りません。

これをしてクレナイ、あれをしてクレナイ、と思う心は、あっという間に不平不満に陥っていくでしょう。

感謝がないところには、もっともっと欲しい、、という強欲だけが残ります。

そこには救いはありません。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、依存し続けているといつまでも苦しいですよ、というお話です。

人には人生のステージでいうと、

依存→自立→相互依存 という順序があるのだそうです。

この、依存というのは、

誰かに頼らないとやっていけない状態です。

なんなら、全部私のかわりにやってちょうだい! という赤ちゃんの状態です。

自分のことを非力だと思っているので、

何か悪いことがあっても他人のせい です。

よい状態になるのにも、他人がやってくれて当然、

なんで私を助けてくれないの!(怒 という状態です。

ここには、自己責任という感覚はまったくありません。

また感謝もありません。

依存は、被害者意識を呼びます。

ーーーー

ただし、もっと広い意味でいうと、

私たちが日々、誰かのせいで傷ついた、不利益を被った、とよく感じている状態、

これも依存だと思います。

幸せのために~ あなたが傷つかなくなるためには - 沙以☆ 幸せな人生のために (uranaiblog.net)

誰かをワルモノにして、私は傷ついたと言っている状態

これも日常的によくある状態です。

相手が力があり、自分は非力という構図を作ると、あっという間に被害者になります。

本当の癒し、解決は、主体的、自己責任、自立の意識から

傷ついたと感じているとき、自分の中で何が起こっているのか向いあうことで

起こります。

依存が悪いというわけではないのです。。

ただそれをやっていると、いつまでも苦しいですよ、ということです。

自立(自力)の範囲が広ければ、広いほど、人生は自分次第でどうにでもなります。

何か問題が起こったとき、すぐすべてを相手のせいにせず、

この状況で、自分でなんとかできる部分は何だろう、

自分の中のなにがこの状態を引き起こしたのだろう、と考えてみること。

そこに解決の糸口があると思います。