こんにちは。
いつもありがとうございます。
ところで、皆様は、ご自分の生きている世界についてどういうものだというイメージがあるでしょうか。
世界は○○だ というところの○○を埋めてみてください。
世界のところは、世間とか、この国、などに置き換えてもかまいません。
例えばですが、
「世界とは危険で信用できないものである」
と思っている人と
「世界は慈愛に満ちて親切である」
と思っている人では、日々生きていても常にもつ感情がまったく違うものになってしまうでしょう。
生きているときの安心感がまったく違います。
自分の世界観の基本みたいなものですが、これは実は自分で作った観念、思いこみです。
生きていて、常に警戒してまわりから傷つけられないようにガードしながら生きているか、
あるいは、無防備にリラックスしてまわりに対してオープンで安心して生きていくか。
これは、まわりの世界がどんなところだと信じているかによります。
ちなみに、世界は安全であると信じている人は、実際には安全でないところに住んでも、無防備なところがあります。
「この世は誰も信用出来ない」と思っている人は、誰かが何もしないうちから、臨戦態勢でいることでしょう。誰かからの親切も信じられないでしょう。そういう人に信じてもらおうとしても、徒労に終わることでしょう。
人は思いこんだ通りの現実を作り上げていきます。実際には自分の思いこみと合致する現実だけをピックアップしていきます。思いこみと違う現実の要素があっても、それは目に入らないか、スルーしてしまうのです。
不思議なことに、私たちは同じ世界に存在しているようで、自分の思いこみに合致した経験を引き寄せます。
ですからとなりに座って表面上は同じ出来事を経験している人でも、内的に経験していくことはひとりひとり全く違うのです。
基本的な世界観:自分は世界に守られていると思っている人は、気楽に生きることができます。
基本的な世界観:世界は危険で信用ならないと思っている人は、常に恐怖を防衛の必要を感じています。
。。
こういう差は一体どこからくるのでしょう。
過去?あるいはそうなのかもしれません。
それでも、一度思いこんでしまった世界観が、その人の世界の設定になります。
自分の世界観の基本はどんなものなのか?
チェックしてみると、なにか気付くことがあるかもしれません。
また、思いこみは変えられるものです。
ただし、あまりにもそれが当たり前になり、無自覚なものなので、意識して変えないと変わりません。
どうせならば、幸せな世界観を持っている方が、まず間違いなく自然に幸せでいられることでしょう。
さて、どんな世界で生きたいでしょうか。。
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