こんにちは。
いつもありがとうございます。
今日は情報を選ぶ、ということについて。
私たちは、無意識のうちに、様々な情報にさらされています。
テレビのニュース、新聞やネットでの記事、他人の話、貼ってある広告、流れてくる音楽、、
取捨選択しなくても、どうしても目に入ってくるものもありますが、自分から望んで検索して目にするものもあります。
また、自分の中の記憶の情報もあります。
大切なのは、どの情報に意識を向けているか、ということです。
たとえば、ネットのある掲示板をみて怒っている人がいるとします。それをどうしたらよいか、と相談されたことも実際あります。
でも、もし読んで不愉快になるようなものなら、ただ「見なければよい」あるいは、「気にしなければよい」のです。
自分の記憶にしてもそうです。
自分が傷付いた記憶を毎日何十回も思いだしては、さらに自分が傷付いた気になっている人もいます。
でもそれは、自分で自分を傷つけているのです。
最初の一回は、相手の人が傷つけたのかもしれませんが、あとのは、自分で反芻して増幅させたものです。
あえて自分に都合の悪い情報を自分で選んでおきながら、自分で自分のショックを大きくしていることに、なかなか気付けません。
たとえば、小さいころ、一度いじめがあったとします。
その人の人生の中で、実際にはそれ以外にもよいこともたくさんありました。
でもその人の頭の中で、何十年もいじめのことを反芻していたとしたら、頭の中では人生で100パーセントいじめしかなかったかのような錯覚が起こってしまいます。
自分で焦点を当てたことが拡大するのです。
幸せな恋愛をしたい、といいながら、失恋の歌ばかりきいていると、どうなるでしょう。
無意識に脳内に失恋がインプットされます。
自分が望んでいる方向へいくように、情報を選んで自分にインプットしている人は、あまり多くありません。
少なくとも、自分がそうなりたくない、と思っているのなら、そちらの方向のニュースなどを見続けるのはやめた方が賢明です。
頭の中の情報もそうです。
脳は、本当に起こったことと、イメージしたこととの区別がつかないそうです。
何をイメージし、焦点をあてていくのかは、いくらでも自分で取捨選択できる、ということを思いだしていただきたいと思います。
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